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16(1)方言グッズ生産に至った社会背景 日本において方言グッズが生産されるようになった背景には、近代以降における方言の社会的位置づけの変化がある。明治維新のあと、すなわち近代国家へと歩み始めた頃は、「日本国民は、国語を身につけなくてはいけない」として、東京のことばをもとにした標準語が懸命に教えられ、方言は撲滅すべき対象であった(井上2007:37)。しかし戦後、標準語・共通語の普及が進み、方言が衰退すると、標準語普及の「障壁」のように見なされていた方言は一転して保護される対象となる。また希少価値が高まったことによって、マイナスだった方言への評価がプラスに転じ、方言を楽しんだり、産業に結びつく風潮が生まれた。 中国における状況も、基本的には日本と同じである。時代的には日本よりも30年ほど下るが、やはり標準語の普及、方言の衰退、方言の保護、方言による娯楽という段階を踏んでいる。ただし、中国では現在においても標準語の普及が国の重要課題であるため、方言の保護は標準語化との兼ね合いで進められていると言えよう。識字率の向上もまた、方言グッズの生産およびその受容に繋がったと考えられる。(2)中国語方言グッズの方言表記 では中国方言グッズには実際にどのような方言が表記されているのだろうか。方言グッズとしての価値を持たせるには、標準語とは異なる言語特徴を前面に出すことが求められる。そのため、ある地域で限定的に使われている特徴的な方言語彙は選ばれやすい。 中国西南部に位置する四川の方言グッズを例として見ていこう。図2にある成都方言トランプの札には「方脑壳(方脳殻)」と表記されている。「方」は「四角い」、「脑壳」は「頭」を指すため、「四角い頭」すなわち「頭の固い人、融通の利かない人」という意味を持つ。「頭」を「脑壳」と呼ぶのは四川一帯に限定されることから(陳章太ほか1996:2497)、まさしく四川方言の特徴語と言える。 標準語と四川方言の同形異義語を取り上げているものもある。図2の成都トランプの札に見える「耍朋友」は、標準語では「友だちをからかう」という意味だが、四川方言では「恋人を探す」「恋愛をする」ことを指す。一方、図2のオレンジ色のステッカーに大々的に刻まれた「好吃狗」の3文字は、標準語として理解するならば「美味しい犬」のように読めてしまうが、四川方言では「よく食べること」を指し、主に食いしん坊な子どもの様子を形容する際に用いられる。 語彙だけでなく、方言音を標準語で同音・類音となる漢字を用いて音写しているものもある。図3の絵はがきをご覧いただきたい。標準語では「話す」を「说」[ʂuo]と言うが、四川方言では[so]1つのパッケージに詰め込まれており、方言が観光資源の一要素として売り出されていることが読み取れる(図2)。

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