HTML5 Webook
26/56

22杉崎 範英月例研究報告走りのスポーツ科学研究 「走る」という動作は、誰に教わることもなく発育に伴い自然に発生する人間のもっとも基本的な動作のひとつであり、人々ははるか昔から走りの速さを追求し、競い合ってきた。短距離走競技の起源は大変古く、古代オリンピックの第1回から第13回までの唯一の競技は、約190mの速さを競うスタディオン走であった。短距離走競技者たちがいかに真剣に走りの速さを追求していたかは聖書からも見て取れる。新約聖書9章コリントの使途への手紙第24節~27節には以下のように記されている。24  あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。あなたがたも、賞を得るように走りなさい。25  しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。26  そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。27  すなわち、自分のからだを打ちたたいて服従させるのである。そうしないと、ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分は失格者になるかも知れない。 このように、当時から競技者は、節制し、速く走るという目的を明確に持ち、体を鍛えあげていたことが伺える。そして、その努力の程度は、使徒パウロが、福音のため行うべき努力の例えにあげるほどであったことが読み取れる。 スタディオン走の起源は、神に供物を捧げる権利を競うという宗教的な行為であり、古代における短距離走競技の目的は、現在のそれとは異なる意味を持っていたかもしれない。しかしながら、いずれにせよ、走りの速さは、少なくとも古代ギリシャ時代からおよそ3000年間にわたって真剣に追求されてきたといえる。この長い年月にわたる努力の結果、人類は昔よりも速く走ることができるようになり、現在も短距離走パフォーマンスの向上は続いている。 では、この長い間続いてきた短距離走パフォーマンス向上に、スポーツ科学がどの程度、あるいは、いつから貢献してきたのだろうか。実は、数千年の短距離走の歴史的スケールで考えると、短距離走パフォーマンス向上にスポーツ科学が顕著な貢献をするようになったのはごく最近であり、具体的には1991年世界陸上東京大会が大きな節目とも言われる。ごく最近になってようやく科学が大きく貢献できるようになった理由の一つは、スポーツ科学の発展が技術の発展と密接につながっていることにある。すなわち、撮影技術や測定技術の発展が大きな要因といえる。あくまでも私の感想であるが、3000年におよぶ努力の結果、人間の疾走パフォーマンスは限界に近付いてきており、

元のページ  ../index.html#26

このブックを見る