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研究所概要報告月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告公開講座語学検定講座報告研究プロジェクト報告研究業績48The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Artsクだった)を消すようにと軍部からの報せがあったと言ってきた。/朝鮮人と赤が十分以内に襲撃してくるからとのことだった。/それからホテルで野営をしていたさまざまな部隊はマシンガンを補給された」。以上が引用された記録中の朝鮮人に関する記述である。『真実』はこの記録をもって、旅行客たちが朝鮮人の襲撃に怯えていた「証拠」であるとする。 だがこの文書が伝えたのは、朝鮮人による「襲撃」の事実ではない。この文書は、アメリカのファウンデーション・カンパニー社長であったジョン・W・ドーティー(John W. Doty)が在横浜英国総領事館のロバート・ボールター(Robert Boulter)総領事代理に送った報告書に含まれた日記である4)。日記の記述を実際に確認したところ、上記の【A】と【B】の間には、以下のような記述が存在した。ドーティが同社社員と二人で品川よりタクシーに乗った後の記述である。 乗車している間、私たちは何度も自衛団や自警団らしき人びとに止められた。この人々は主に剣や鋭い竹槍、あるいはマスケット銃で武装した、非常に興奮し恐怖に満ちた若者たちであった。これらの集団にはいかなるリーダーや規律がないように見えた。それぞれが個人的に面識ない通行人たちに、思い切り声を荒げていた。そのうちの一度、彼らは私たちの車に乗り込み、始終「朝鮮人だ」と叫びながら、渾身の力を込めて運転手をそこから引きずり出そうとした。幸い彼らのうちの一人は英語を理解したので、運転手が即座に撃たれなかった唯一の理由はこれだと私たちは判断している。 つまり二人は、運転手が朝鮮人と間違えられて、自警団に引きずり出されそうになる場面を目撃したのである。だからこそ続く箇所で、人々がなぜこれほどのパニックに陥っているのかの説明を試みる(なお、『真実』は「『朝鮮人』と『赤』について」と訳しているが、原文にある”panic”の語が省略されている)。そしてドーティーは、シベリア出兵から日本兵が戻ってきて以後、「日本で起きたあらゆる無秩序や残虐行為を、朝鮮人かボルシェヴィキ、あるいは両方のせいにする傾向」があらわれ、「地震の直後からすべての被災地に残虐行為の荒唐無稽な噂が流れ、当局の了解の有無にかかわらず、パニックに陥った自警団に遭遇した朝鮮人たちはただちに殺された。そして数百人の無実の朝鮮人たちや、たまたま一人だったために身元を証明できなかった日本人たちまでもが殺された」という見解を記した。 しかし、『真実』ではこれらの記述は一切省略されている。このため、ドーティーらが自警団に恐怖したことは全く言及されず、それどころか直接的な記述のない「朝鮮人暴動への恐怖」の根拠とされているのである。工藤はこの日記を通して「実際に彼らが見た現実がどうであったのかという実情がうかがえる」(146頁)と記しているが、この本で実際に行われていることは「彼らが見た現実」を自説に都合よく歪めることであるといえよう。これもまた、加藤のいう『真実』の「トリック」といえるだろう。

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