研究所概要報告月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告語学検定講座報告公開講座研究プロジェクト報告研究業績57The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Arts4. 個人の小さな歴史を取り戻すために 災害を経験した個人の小さな歴史が大きな歴史に飲み込まれないためには、匿名的で数量的な取り扱いにとどめず、ひとりひとりの具体的な生と死を前景化し、個人性を回復することが肝要である。 東日本大震災の津波被害が甚大であった岩手県大槌町の「生きた証プロジェクト」は、犠牲者の個人性を取り戻すための事業として注目される。同プロジェクトでは2014年から2015年にかけて岩手大学の学生と町民が遺族や知人を訪問し、聞き取りを重ねることを通じて、大槌町内の行方不明者1285人のうち、545人分の「生きた証」を収めた総1047頁の回顧録集『平成28年度 生きた証』を2017年に発行した。同書は地元のみならず全国で読まれ、大槌に縁のない人が購入したケースも多く、「記憶の風化が懸念される中で、継承の一つの形として注目されている」と報道された19)。2018年には76名の回顧録を収めた続編も刊行されている(『平成29年度 生きた証』、総167頁)。 目次には犠牲者の氏名が立項され、地区ごとに五十音順で並ぶ。ひとりの犠牲者につき、生没年月日、享年を掲げ、続いて「人生のあゆみ」「震災時の状況」「ご遺族より」「伝えたいこと」の項目ごとにその人の生前の姿が記述される。一例として桜木町在住であった菊池良子さん20)の項目から抜粋すれば、「踊りが好きで、地域のお祭りやイベントで披露したり、他の人に踊りを教えたりするなど面倒見が良い人でした」(「人生のあゆみ」)、「震災当日は自宅にいました。地震が起きて津波が来るまでの足取りは、目撃者がおらずわかっていません。震災の後、家族が良子さんの行方を探していると、自宅近くにきれいな姿で横たわっている良子さんを見つけました」(「震災時の状況」)、「義母は勝気で負けず嫌いな面があったと思いますが、何事にも自分から積極的にリーダーシップを発揮して活動する人だったと思います」(「ご遺族より」)、「忙しい中でも家族に尽くしてくれて感謝しています」(「伝えたいこと」)等と、故人の人柄や趣味嗜好など、生前の姿が浮かぶようになっている。この「生きた証プロジェクト」の取り組みが示すように、過去そして未来の大災害を記録し、継承するにあたり、犠牲者を数量的な観点から把握するのみならず、その数字のひとつひとつに個人の生きた証が内包されていることに想像力を働かせ、個別の人生に敬意を払い、死を悼む姿勢が重要となろう。 しかし時として被災者みずからも、個人単位の小さな声に満足せず、より大きな声を志向するこ全体の身代わりに引き受けた将来の国家繁栄のための尊い犠牲(=「一齣」)とみなされるのである。さらには同書を分析した成田龍一が述べるように、歴史の語りで反復される震災像のなかで「震災体験者=当事者たち」自身も「自らの経験をこの一齣として位置付ける」ようになる17)。すなわち「当事者たちは、そのかけがえのない一回性の経験を固有・個別なものとせず、ステロタイプ化した震災像を参照枠としてよびこみ、そのもとに体験を従属させ解釈してしまう」18)のである。
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