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研究所概要月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告語学検定講座報告研究プロジェクト報告研究業績18The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Arts16:1ff.他)、安息日との兼ね合いを考えてのことであった、と想像することもできるかもしれない。いずれにしても、少なくともパウロの時代において、キリスト者は会堂の中の小集団であった公算は大である。University Press, 2003R. スターク『キリスト教とローマ帝国』穐田信子訳、新教出版社、2014年一致と繋がりをもたらす安息日規定 パウロ時代のキリスト者は、ユダヤ人であれ異邦人であれ、安息日に会堂に集った、との想定が正しければ、安息日規定は、キリスト者の一致を重視し(ガラ3:28;一コリ12:27他参照)、異邦人キリスト者とイスラエルとの繋がりを重視する(ロマ11:17ff.)パウロにとっては大変好都合であり、この点で、割礼規定や食物規定とは異なる価値を持つものであったに違いない。割礼は、誰がユダヤ人であり、誰がそうではないかを目に見えるかたちで示すものであるのだから、割礼規定はキリスト者をユダヤ人と異邦人に分離する(ロマ3:30他に見られる「割礼のある者」「割礼のない者」という表現!)。食物規定もやはりキリスト者を分離する。と言うのは、この規定は、食卓に共につくことができる「会員」を選別する、つまり、特定の「会員」を食卓の集いから排除する働きをなすからである(ガラ2:11-14参照)。しかし、安息日があり、その日には会堂で礼拝や教育が行われ、そこにユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者も集うとすれば、安息日規定はキリスト者の間に、割礼規定や食物規定とは異なり、一致と繋がりが生じる機会を与える。パウロが手紙において律法遵守の問題を論じ、その中で具体的に割礼規定と食物規定に言及するにも拘らず安息日規定を取り上げなかったのは、安息日規定が持つこの働きを考えてのことであったに違いない。【主要参考文献】J. M. G. Barclay, ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ Wm. B. Eerdmans, 2011F. G. ヒュッテンマイスター/H.ブレードホルン『古代のシナゴーグ』山野貴彦訳、教文館、2012年W. A. Meeks, ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2nd ed., Yale

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