HTML5 Webook
23/86

研究所概要月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告語学検定講座報告研究プロジェクト報告研究業績19The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Arts岡田仁1. はじめに 筆者は、2024年3月までドイツ・スイスのプロテスタントの宣教団体を母体とする富坂キリスト教センター(以下、富坂)という研究所で15年間総主事を務めました。富坂では、環境問題・平和・人権などキリスト教社会倫理の学際研究を立案・企画、また、信徒と牧師の訓練・養成の研修会を担当し、この十年で11冊の研究成果刊行物を出版しました。24年10月現在、7つの研究会と2つの研修プロジェクトを同時に進め、数年内に5冊上梓する予定です。 大学では牧師になるためにキリスト教神学を専攻しましたが、夏季実習で水俣病患者と出会ったのがきっかけで、水俣で現地研修を、その後、日本基督教団の教会の牧師になり、ドイツに数年間留学(実践神学)する機会を得ました。これまで自分なりにキリスト教神学の研究を継続してきましたが、改めてその底流にあるのは水俣との出合いであり、この水俣がわたし自身の研究のメインテーマ・ライフワークとなっていることに気づかされています。 2. 水俣と出合って 「公害の原点」といわれる水俣病は、チッソ水俣工場から水俣湾(一時、水俣川河口)に排出されたメチル水銀が、自然界の食物連鎖で人体に濃縮されて起きたメチル水銀中毒の典型的な公害事件です。合成酢酸の原料・アセトアルデヒドをつくるための触媒として硫酸水銀が使用され、この過程で硫酸水銀が有機化してメチル水銀が副生されます。メチル化した有機水銀は蛋白質と結合しやすく、食物連鎖の過程でその毒性は飛躍的に増すといわれています。 水俣病の症状は、手足の「感覚障がい」、運動失調、「平衡機能障がい」、求心性視野狭窄、「言語障がい」、手足などの震え、眼球運動異常、「聴力障がい」に加え、「味覚障がい」、「嗅覚障がい」、何らかの精神症状をきたす例もみられます。水俣病は、「三つの破壊」をもたらしたともいわれます。汚染魚を食したことで肉体と健康といのちが破壊され、漁の仕事を失うことで経済(収入)が破壊されます。また、発症したことによる差別意識からそれまで成り立っていた家族や共同体の関係性が破壊されたのです。 1949年頃より自然界の異変(魚の浮上、烏や水鳥の落下、猫の異常死など)が始まり、時を移さず人間にもその被害が及びます。いまもなお水俣病被害の全体像がベールに包まれているのは、水俣病公式発見(1956年)後、行政による水俣・不知火海周辺地域住民への疫学調査が実施されなかったためともいわれています。 水俣病では汚染発生や被害拡大、被害者救済に対する怠慢などの責任が問われていますが、特に行政の不作為が被害を拡大した点、また第二水俣病の発生を防止出来なかった事実は重大な教訓ではないでしょうか。被害者は公害発生以前から差別的状況に置かれている場合があり、チッソ企業城下町・水俣はその典型です。公害の原因究明や対策、被害者救済の遅延などにはそのような背景があり、公害はこの状況に拍車をかけ、被害者への差別を助長します。日本の多国籍企業の低開発月例研究報告水俣との関わりから「いのち」を再考する

元のページ  ../index.html#23

このブックを見る