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研究所概要月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告語学検定講座報告研究プロジェクト報告研究業績46The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Arts公02498100】。22)前掲拙稿「千波湖御猟場について」参照。23)前掲拙稿「千波湖御猟場について」参照。24)金港堂、1895年。25) 野島利彰「ドイツの狩猟(1)」(『駒澤大学外国語部論集』26、1987年)。なお、同論文によれば、このプロイセン法は程なくしてドイツ内の君主国に模倣されたという。26)『自明治廿一年至同廿五年 猟場録』 。27)『自明治廿一年至同廿五年 猟場録』。28)『自明治廿一年至同廿五年 猟場録』。29) 涌谷御猟場の管理運営方法は、明治25年の時点で既に廃止されていた千波湖御猟場のそれの方が近いといえる。この点、前掲拙稿「千波湖御猟場について」も参照されたい。30) 『山口正定日記 自明治廿六年一月一日至同年十二月三十一日』【宮内庁宮内公文書館所蔵、識別番号:37333】。なお、同史料によれば、この出張時に山口は体調を崩し、19日以降は狩猟を行わず療養に努めている。31)「千石五郎日誌」明治26年7月6日条、同30年5月28日条。32) 以上、すべて『地理 涌谷御猟場一件書』。なお、桃生郡長を通報した騒動については、この時期に名鰭沼からの排水をめぐり起こっていた遠田郡・桃生郡の住民間の対立(遠桃事件)も影響していたと思われる。この事件については、『涌谷町史 下』207〜237頁を参照されたい。33)『地理 涌谷御猟場一件書』。34) この点については、さしあたり拙稿「江戸川筋御猟場から見る明治期日本の地域社会と天皇・天皇制」(『埼玉地方史』87、2023年)参照。 35) 『山口正定日記 従明治丗年七月廿一日至明治丗一年八月七日』【宮内庁宮内公文書館所蔵、識別番号:37338】。36) 『地理 涌谷御猟場一件書』、『自明治廿六年至同三十年 猟場録』【宮内庁宮内公文書館所蔵、識別番号:1532】。37)『自明治廿六年至同三十年 猟場録』。38) この点に関する1つの事例研究として、前掲拙稿「江戸川筋御猟場から見る明治期日本の地域社会と天皇・天皇制」をあげておきたい。39) 以上、狩猟規則と狩猟法については、すべて小柳泰治『わが国の狩猟法制─殺生禁断と乱場』(青林書院、2015年)第7章「明治憲法の狩猟法制」参照。40) 『自明治廿三年至同廿五年 例規録』【宮内庁宮内公文書館所蔵、識別番号:1586】。41) 25年11月30日付で内事課長股野琢から山口正定に通牒された文書によれば、主猟官は勅任

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