研究所概要月例研究報告ランゲージラウンジ活動報告語学検定講座報告研究プロジェクト報告研究業績70The Annual Report of the MGU Institute for Liberal Artsプロジェクトメンバー:日高知恵実 日本の中国語教育の現場では、多くの場合、中国が標準語として定める「普通話」を軸としており、中国語と言えば「普通話」が唯一の存在であるかのような考えのもとで教育が進められている。しかし中華圏に足を踏み入れると、各地において方言や方言的要素を残した地方共通語が日常的に話されており、漢字の字体や発音表記も地域によって異なることに気づかされる。本研究プロジェクトではこうした問題意識のもと、台湾で話されている中国語、すなわち「台湾華語」を対象として、以下の3つの事項に取り組んだ。 1つめは資料収集である。台湾現地の書店での書籍購入や国家図書館での文献閲覧および複写により、日本では入手困難な資料を収集することができた。 2つめはインタビューである。2024年9月18日に国立台湾師範大学、9月19日に国立政治大学、9月21日にTLI(Taipei Language Institute)を訪問し、そこで実施されている中国語教育についてのインタビュー調査をおこなった。特に国立台湾師範大学では、国語教学センター副主任の杜昭玫氏へのインタビューにより、「同大学編纂の教科書『當代中文課程』の発音表記の基準は教育部の『重編国語辞典修訂本』に則っている」という証言を得ることができた。現在、執筆中の論文では、この点を検証するとともに、東京外国語大学の「多言語話ことばコーパス」で公開されている台湾出身者の自然会話との比較や中国の「普通話」との比較をおこなうことで、台湾の教育現場で扱われている中国語の実態を明らかにしている。 3つめは言語景観の実地調査である。台湾における中国語景観の特徴として最初に挙げられるのは、漢字の字体が正体字(繁体字)を基礎とすることであるが、そのほかにも以下の5つの特徴が存在することが明らかとなった。 ①「普通話」とは異なる中国語語彙。例えば、「バトミントン」は「羽球」(普通話では「羽毛球」)、「卓球」は「桌球」(普通話では「乒乓球」)と表記されていた。 ②台湾語由来の語彙。例えば、台湾語で「食べる」を意味する「食」(台湾語音:tsia'h)の当て字である「呷」は、店名や商品名など至るところで目にした。またコンビニエンスストアのファミリーマートでは「焼き芋」が「夯番薯」と表記されていた(図1)。「夯」は台湾語で「焼く、あぶる」を意味する「烘」(台湾語音:hang)の当て字であり、「番薯」は台湾語で「サツマイモ」を意味する。「夯」は比喩としても使われており、高雄の地下鉄駅構内のフリーペーパー置き場には、「ホットな(ニュース)」であることをアピールするために「夯」と大々的に表記されていた(図2)。 ③注音字母による表記。これは難読字の発音を示すほか、意図的に台湾語・客家語・広東語など別体系の言語音で読ませたい場合にも用いられる。代表的な例で言えば、台湾語で所有格を表す「的」(台湾語音:ê)が「ㄟ」で表記される(図3)。そのほかにも例えば、香港名物のパイナップルパンを扱っている「好好味」という店では「ㄏㄡˊ ㄏㄡˊ ㄇㄟˇ(ピンインではhóu hóu měiに相当)」と併記することで、店名を広東語で読ませようとしていることがわかる(図4)。また注音字母は台湾において子どもが漢字音を習得するために最初に学ぶものであることから、「子どもプロジェクト報告中国語の多様性から見た台湾華語の調査研究
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